東京地方裁判所 平成4年(ワ)4619号 判決 1994年4月26日
原告
斎藤海運株式会社
右代表者代表取締役
斉藤通直
右訴訟代理人弁護士
田川俊一
同
鈴木堯博
同
島田修一
同
大熊政一
同
北新居良雄
同
田中由美子
被告
国
右法務大臣
三ケ月章
右指定代理人
小池晴彦
外一一名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三億四二三七万一〇〇〇円及び内金三億一二三七万一〇〇〇円に対する平成三年四月一四日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行の免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は本店を福岡市に定め、海運業等を営む株式会社である。
2(一) 原告は、別紙船舶目録1記載のしんとう二号(以下「本船」という)及び同目録2記載のしんとう一号(以下「本件押航船」という)を所有していた。
(二) 本件事故の発生
(1) 本船は、平成三年四月一四日、福岡県烏帽子島沖にて海砂約二三〇〇立方メートル(約三四五〇トン)を採取積載したうえ、本件押航船と連結されて、同日一〇時、右採取地点を発し宮崎港に向けて航行を開始し、約一一ノットの速力で東航し関門航路に向かった。
(2) 本船は、同日一三時二八分ころ、妙見崎灯台沖合を航過し、さらに続航していた一三時四七分ころ、突然爆発の衝撃とともに本船の船首付近で四、五メートルのオレンジ色の火柱と煙が上がった。
右爆発により本船船首部後方付近に大破損が生じ、本船は座洲した(以下「本件事故」という)。
本件事故発生地点は、北九州市自州灯台から真方位一四五度五三分、距離二四〇〇メートル付近であった。
(三) 本件事故発生の原因
本件事故は、防衛庁・海上自衛隊が除去しなかった海中の機雷が爆発したことによって発生したものである。
3 被告の責任
(一) 国家賠償法(以下「国賠法」という)第一条の責任について
(1) 防衛庁設置法第六条(八号)は、防衛庁が「海上における機雷その他の爆発性の危険物の除去及び処理を行う」権限があることを規定し、同条を受けた自衛隊法第九九条は右権限の行使を海上自衛隊に授権している。しかも、本件事故現場付近は、機雷による危害発生の危険が戦争という国の行為により作出された海域であるから、防衛庁・海上自衛隊は右権限を適正に行使して機雷を除去し、海上交通の安全確保等のために危険発生を防止すべき職務上の義務がある。
(2) そして、昭和三四年二月一九日、防衛庁は本件事故発生地点を含む付近海域の機雷につき「掃海は昭和三三年一一月二五日までに完了した」旨を告示しており(同庁告第一八号)、右告示により同海域での海上交通の安全性が保証され、右告示以降、防衛庁・海上自衛隊は掃海作業を行わなかったところ、左記のとおり、関門港及び関門航路付近において、しゅんせつ工事作業船等が触雷して被害を受ける事故(人身事故を含む。)が現に発生しており、機雷の掃海作業は未だ完了していない状況にあった。このような場合、機雷が他にも残存していることが予測され、これを放置すれば、さらに爆発事故等が発生する危険性があり、またその危険性は十分に認識されていたのであるから、防衛庁・海上自衛隊には機雷を除去するために万全の措置を講ずべき義務があったというべきである。にもかかわらず、防衛庁・海上自衛隊は、右義務を怠り、本件海域を掃海し、機雷を除去する権限を行使せず、もって海上交通の安全等を確保しなかった。
昭和三二年一一月二日(事故年月日)
戸畑泊地内(場所)
小松丸沈没・五名負傷(事故態様)
昭和四〇年八月五日(事故年月日)
下関福浦泊地内(場所)
長府丸船体破損、八名負傷(事故態様)
昭和四五年三月二九日(事故年月日)
若松航路二号ブイ付近(場所)
住ノ江丸カッター破損(事故態様)
昭和四五年五月(事故年月日)
泊地内(場所)
第一東洋丸船体破損(事故態様)
(二) 国賠法二条の責任について
(1)ア 港湾の設置管理者
港湾法上の港湾管理者は地方公共団体であるが、右公共団体による管理は、国の管理支配の下で定めた基準に基づき、その基準に適合する限りにおいて実施される管理であるから、港湾自体の根本的な設置管理者は国であるというべきである。すなわち、①港湾法の目的は、交通の発達及び国土の適正利用の観点からの港湾の整備、適正運営、航路の開発及び保全を行うことにあること、②港湾及びその開発・保全、航路の開発等に関する基本方針(以下「基本方針」という)は運輸大臣が定めるのであり、また重要港湾の港湾計画について、港湾管理者である地方公共団体が政令で定める事項に関して、基本方針及び運輸省で定める事項に適合するものでなければならないこと、③港湾施設中には、国が所有する施設もあり、海運所属港湾施設使用規則に基づき、けい船岸壁、桟橋、けい船浮標、荷役機械、上屋、倉庫等の使用料が定められ、徴収されていること、④港湾工事の費用につき、港湾法四二条ないし五二条において国の負担が定められ、国の負担として一〇分の五ないし一〇分の7.5(場合によっては一〇分の一〇まで負担することができる)の割合で行うことが法定されており、また、検疫に関する費用は国が専ら負担していること、⑤港湾工事について、国が直轄実施する工事に関する規定(港湾法五二条)もあること、⑥関門港は、港湾法上、「重要港湾」とされており、国の利害に重大な関係を有する港湾であること等からすれば、被告が港湾に関する根本的な設置管理者であるというべきである。
イ 港湾管理権の及ぶ範囲
港湾管理(権)は、港内の施設のみならず港域周辺の海域にも及んでいるというべきである。すなわち、港湾の設置管理の目的を達成するためには、港内における物的施設に関する管理のみならず出入港にあたって通航する海域の安全性の確保も必要であるし、また本件海域は、関門港の出入港に当たり多数の船舶が日々航行する、いわゆる常用航路に属する地域であって、右海域の安全性の確保は同港の利用上不可欠であるというべきである。しかも本件事故現場は、関門港港界からわずか二キロメートルほどの地点であり、本件事故現場を含む海域については、掃海海域を指定して掃海作業が実施されたうえ、掃海完了宣言が告示されたのであり、被告により実際の管理が行われた実績がある。
(2) 仮に港湾に関する管理が認められないとしても、本件事故現場海域は国の管理する「公の営造物」にあたるというべきである。すなわち、①海は自然公物であり、海岸法、河川法、港湾法、漁港法等の法律が適用されない限り、いわゆる法定外公共物に該当するところ、本件海域は国有財産法に基づき被告が管理する財産であり、また船舶の航行等、同海域の機能についての維持管理する主体は被告であるというべきであること、②本件海域の危険防止のための管理主体は、実施機関の規模、技術的能力及び財政力から判断しても被告であるというべきであること、③本件海域は関門港から二キロメートルほどのところに位置し、また機雷の投下されたおおよその海域の特定は米軍から得た情報、資料、地元の情報等により十分特定することができるのであり、しかも本件海域については、被告は掃海作業海域として指定して実際に掃海を行ったうえ本件海域の安全性を宣言したのであって、本件海域に対する支配可能性及び管理可能性があったというべきであることからすれば、本件事故現場海域は国の管理する「公の営造物」にあたるといえるのである。
(3) 管理の瑕疵
次のとおり、被告の管理には瑕疵があった。すなわち、
ア 被告は機雷すべての除去作業を完了していないのであるから、多数の船舶が本件海域を常用航路として利用することとの関連において、機雷による災害の発生という危険が存するというべきであって、瑕疵が存するといえる。
イ また、機雷が本来の機能にしたがって発火装置が作動する場合でも泥に埋まるなどしている場合には、本来の機能に従って発火装置が作動しないで存在している場合があるから、泥に埋まっている機雷が潮の流れや年月の経過等の要因によって海上に浮上したり、これが陸岸や関門港海域内に漂着して爆発する等の危険が常に存するという意味で瑕疵が存するというべきである。
(三) 国賠法三条の責任について
航路を含む港湾施設の設置及び管理について、国はその費用の二分の一及びそれ以上の負担をしている(港湾法四二条ないし五二条)。したがって、仮に港湾管理者が地方公共団体であり、公物管理権が地方公共団体にあるとしても、国は費用負担者としての責任を負うというべきである。
4 損害
原告が本件事故により被った損害は次のとおりである。
(一) ①積荷救助費
二八四万三〇〇〇円
②船体救助費 一五〇〇万円
③船体修理費 二億二〇〇〇万円
④サイドスラスター修理費
三六〇〇万円
⑤不稼働損害
三八五二万八〇〇〇円
以上合計
三億一二三七万一〇〇〇円
(二) 弁護士費用 三〇〇〇万円
(三) 総計
三億四二三七万一〇〇〇円
よって、原告は、被告に対し、国家賠償法による損害賠償請求権に基づき金三億四二三七万一〇〇〇円及び弁護士費用を除く内金三億一二三七万一〇〇〇円に対する平成三年四月一四日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2(一) 請求原因2(一)は認める。
(二) 請求原因2(二)(1)は認める。
同(2)のうち、第一文は、爆発時間につき否認し、その余は知らない。同第二、第三文は認める。なお、爆発時間は一三時五〇分ころであり、本件事故発生地点の北九州市白州灯台からの距離は、約二四二〇メートルであった。
(三) 請求原因2(三)は否認する。
3(一) 請求原因3(一)(1)のうち前段は認め、後段のうち「防衛庁・海上自衛隊は…職務上の義務がある。」との点は一般的な意味において認める。また「本件事故現場…作出された海域であるから」との点は、掃海義務の発生根拠の一つとしての主張であれば争う。
同(2)のうち「そして、昭和三四年…告示しており(同庁告示第一八号)」との点、「右告示以降、…掃海作業を行わなかったところ」との点及び原告が主張する事故が発生したこと(昭和四五年五月の事故は、昭和四五年五月九日に響灘泊地内において起きたものである)はいずれも認め、掃海作業が完了していないこと及び右各事故が触雷事故であることは否認し、被告に国賠法一条の責任があるとの法的主張は争う。
なお、右各事故は、昭和三四年二月一九日付け防衛庁告示第一八号により掃海が完了した旨告示された別紙(一)図面の赤枠で囲まれた海域の外で起きたものであるし、また、すべて、しゅんせつ工事中に機雷缶体に大きな衝撃を与えたことにより機雷が爆発して事故に至ったもの、すなわち爆発事故であって、機雷がその機能に従って船舶の航行に感応して爆発する(触雷)ことによる事故ではない。
(二) 請求原因3(二)及び(三)の主張は争う。
(被告の主張)
1 本件事故原因について
本船船首部の損壊は、戦時中に米軍が敷設した機雷と見られる爆発物の事故現場付近水中における爆発によるものである可能性が高いと考えられる。しかし、残存機雷に関し、機雷の発火機構は既に死滅しており、船体の抵触等海底に残存する機雷缶体に大きな衝撃を与える事象がなければ爆発の危険性はないことが確認されているところ、本件事故当時、本船は海底との間に約2.3メートルという十分な水深を保持して航行していたと認められ、また本船船首右舷側壁に茶褐色のスス等が発見されたこと等から本船内における爆発の可能性は完全に否定されていないのであって、結局本件事故原因を断定するに至らなかった。
2 国賠法一条の責任について
(一) 掃海作業の実施
(1) 本件海域は次のとおり三次にわたって掃海作業が行われ、その掃海の結果をまとめて昭和三四年二月一九日付け防衛庁告示第一八号により掃海が完了した旨官報に告示された。
ア 第一段階(北九州水道)
①掃海場所 別紙(一)図面ハ、ニ、ヨ、タ、ハに囲まれた本件海域の一部
イ 第二段階(相川、監ノ島海底電線敷設海域(a))
①掃海場所 別紙(一)図面ロ、ハ、タ、レ、ロ及びニ、ホ、ヘ、ワ、カ、ヨ、ニにそれぞれ囲まれた本件海域の一部(以下「相川、監ノ島海底電線敷設海域(a)」という。)
②実施期間 昭和三三年七月二二日及び同月二三日
③掃海実績 所定の掃面回数に対し、一二〇パーセントの掃海実績を確保したが、処分機雷はなかった。
ウ 第三段階(相川、監ノ島海底電線敷設海域(b))
①掃海場所 別紙(一)図面イ、ロ、レ、ソ、イ及びヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、ヘにそれぞれ囲まれた本件海域の一部並びに付属海域①及び付属海域②として区分された本件海域の一部(以下「相川、監ノ島海底電線敷設海域(b)」という。)
②実施期間 昭和三三年八月一日から同年九月二六日及び昭和三三年一〇月二七日から同年一一月二五日
右期間中、掃海実施日数は五三日間である。
③掃海実績 所定の掃面回数に対し、一〇一パーセントないし一三六パーセントの掃海実績を確保したが、処分機雷はなかった。
(2) なお、第二次世界大戦末期、米軍が日本周辺に敷設した機雷は一一〇八〇(推定)といわれているが、平成三年三月末現在、累積処分数は六一六九個、残存数は四九一一個であり、全危険海面の93.32パーセントの掃海を完了している。
また、現在までのところ、本件事故地点を含む当該地域において、航行中の船舶が触雷したという事故は、浚渫作業中に機雷に触れて爆発して損害が発生したという事例を含めて存在せず、しかも日本周辺の掃海海域において、船舶航行中の触雷事故はない。
(二) 掃海義務の限界
(1) 掃海作業の目的は、掃海艇により船舶が航行すれば感応して爆発する機雷を処分し、事後に触雷事故が発生することを防止することにあるから、掃海の内容としても発火機構を作動させる電池の消耗、腐食等又は海底泥中への埋没等により感応機雷としては無力化した機雷を探索して除去することまで含まれないというべきである。したがって、自衛隊法九九条によって海上自衛隊に付託されている機雷その他の海上爆発物の除去及び処理という任務のうち、機雷についての掃海義務は、①自衛隊の能力の及ぶ限度で、②船舶の安全航行の確保その他海上における安全の確保に通常支障がないと認められる限度で存するのであり、その内容は感応機雷本来の機能にしたがって爆発する機雷を除去することであるというべきである。
(2) 本件機雷の特質
現在、日本近海には第二次世界大戦末期に米軍が航空機から投下した機雷以外は存在しないと考えられていることから、仮に本件事故が機雷の爆発によるものであるとすれば、それは米軍の敷設した機雷によるものであり、掃海作業によっても除去しえずに残存していた機雷によるものと考えられる。しかも右機雷は、感応機雷のうち、航行する船舶が発する磁気に発火装置が感心して爆発する磁気機雷(本件では、沈底式磁気機雷であると推定される。)であると推測されるところ、沈底式磁気機雷の一般的な掃海方法としては、掃海艇が一〇〇メートル以上の長さに及ぶ電線を曳航し、この電線に大電流を通電させて船舶が発するのと類似の磁界を周辺に発生させ、機雷に船舶が航行したと認識させ、磁気機雷を作動させ、爆発、処分するというものである。また、磁気機雷においては、発火機構を作動させる主要機能である電池部分が腐食、自家放電等により機能を滅失した場合には、機雷は爆発しないのであるから、機雷が爆発するに足りる磁気変化を与えても機雷が爆発しないことが確認できれば、通常の船舶の航行における安全性は確保された状態にあるといえる。
そして、右感応機雷の寿命は、その主要機能である電池の寿命が一、二年といわれていることから、一般的には一、二年、長くても数年であり、右期間を経過すれば機雷として機能しえなくなるのであって、本件においては、機雷敷設後すでに約四五年も経過し、その感応装置はほとんど死滅している。しかも、発火機能の死滅している機雷の処分は、通常諸外国においても行われていない。
(3) 海上自衛隊の能力の及ぶ範囲
掃海具を使用して実施する掃海は、感応機雷本来の機能にしたがって発火機構が作動して発火、爆発する機雷を処分することまでを内容とするものであって、缶体に対する衝撃によって炸薬が爆発するおそれのある機雷を積極的に探索、除去することまでも掃海義務の内容とするものではないというべきである。その理由は、磁気に感応して発火、爆発しない機雷を掃海具によって掃海することは技術的に不可能であり、感応装置が死滅している機雷は船舶の航行自体にとって全く危険性がなく、また海底の泥中に埋まっている機雷は偶然掃海実施中に感応するということがない限り、掃海具によって対応しえないからである。
(4) 以上からすれば、自衛隊法九九条も、技術的、能力的限界を超えて不可能を要求するものではない(したがって、海上、海中ないし海底に存在するあらゆる機雷を探索除去すべきであるということはいえない。)というべきであり、被告は、既に掃海を実施し、機雷本来の機能に従って爆発する機雷が存在しないことを確認して通常の船舶の航行に支障のない安全性を確保したのであるから、本件事故発生の海域を含め、日本近海において技術的に可能な限り自衛隊法九九条に規定された義務を尽くしたというべきである。したがって、仮に本件事故が機雷の爆発によるものであったとしても、被告に国賠法一条の責任が生じるわけではないというべきである。
なお、現在における掃海技術には進歩が見られ(もっとも、電流を通して磁場を発生させて機雷を処分するという基本的原理には変化はない。)、音響センサーにより海中の機雷の探知や海底からある程度の深さの泥中に存する機雷の探知を可能にする技術が開発されているが、被告において海底に埋もれている機雷を探知する装置は所有してないし、また、音響センサーを用いて機雷本来の機能を喪失している海中の機雷を探索、掃海することについても、第二次世界大戦末期に米軍が機雷を敷設した日本近海の海域の膨大さ、かかる機雷が船舶の通常の航行に全く危険を及ぼさないものであることからすれば、海上自衛隊の人的能力の限界を超えるものとして被告に掃海義務を課すものではないというべきである。
3 国賠法二条について
(一) 同法二条にいう公の営造物の管理とは、営造物の維持、修繕及び保管という公物管理権に係る作用を意味し、港湾における公物管理権に係る作用は、専ら港湾法に基づいて港湾管理者(同法二条一項により、港務局又は地方公共団体がその任に当たると規定されている。)が行使しているのであるから、港湾が本来備えるべき安全性を確保することは港湾管理者の責任とされるというべきであって、被告が港湾管理者と分担して国賠法二条一項における公物管理を行っているわけではない。他方、港則法は、港内における船舶交通の安全と港内の整頓という公共の安全と秩序の維持を図ることを目的として、公物警察権としての権限を港長に付与しているのにすぎないのであり、港則法に基づき港長が行う命令、制限等は右公物管理権には当たらない。
そして、港則法二四条ないし二六条までに基づく命令、制限の中には港内のみならず港の境界外においても効力が及びうるとされているものもあるが、公物警察権としての性格に基づく規定であって、関門港の港長が同港及び本件事故発生現状海域を公物管理権の行使として管理しているものではない。
また、公の営造物を管理する行政主体というためには、当該行政主体の管理上の支配力が及んでいることが必要であるところ、被告は、日本近海の掃海作業を行ってきたが、右業務は国民の生命身体及び財産の保全という海上交通における安全の確保を図るために行ったにすぎず、公の営造物として維持、修繕及び保管という管理上の支配を行おうとして掃海業務を行ったものではない。
(二) なお、原告は、本件事故現場付近の海域が法定外公共物である旨主張しているが、右海域は北九州港の港湾区域内にあり、北九州港の港湾管理者が管理する水域であるから、法定外公共物ではないし、被告が機能管理している水域でもないというべきである。
4 国賠法三条について
本件事故は、公の営造物たる北九州港の設置又は管理の瑕疵に起因するものではなく国賠法二条一項の要件を充足していない以上、被告が国賠法三条に基づく費用負担者として責任を負うものではない。
すなわち、国賠法二条一項の定める営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、通常有すべき安全性を欠いているというためには、①営造物に事故発生の危険性が存すること、②営造物の設置管理者において事故発生の予測可能性が存すること、③営造物の設置管理者において事故発生を回避する可能性が存することの三要件を充足する必要があり、しかも右要件が通常の範囲内に存する必要があるというべきである。
しかし、本件事故現場を含む海域は、海上保安庁及び海上自衛隊によって掃海作業が行われ、一般船舶の航行にとって安全であることが確認されて掃海が完了した旨告示されていたのであるから、仮に本件事故が第二次世界大戦末期に米軍が敷設した沈底式磁気機雷の触雷によって発生したものであるとしても、触雷事故は営造物の設置管理者にとって通常予測しうる危険ではないというべきである。しかも、触雷事故自体は、掃海が完了した海域において科学的には発生しえないとされているのであるから、触雷事故の発生をもって営造物が通常有すべき安全性を欠いているということはできないというべきである。
したがって、公の営造物として、その設置又は管理における瑕疵の存在を認める余地はない以上、国賠法三条に基づく請求には理由がないというべきである。
第三 証拠
本件訴訟記録中、書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因2について
1 同(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 同(二)について
(一) 同(二)の(1)の事実及び本船は、北九州市白州灯台から真方位一四五度五三分の地点で生じた爆発により船首部後方付近に大破損が生じ座洲したことは当事者間に争いがなく、右争いがない事実に、証拠(甲三、八、乙一、二、四、五、七、八、一〇、一六及び証人高橋史克の証言)を総合すれば次の事実が認められる。
(1) 本船は、平成三年四月一四日、福岡県鳥帽子島沖にて海砂約二三〇〇立方メートル(約三四五〇トン)を採取積載した後、本件押航船と連結されて、同日午前一〇時、右採取地点を出発し、宮崎港に向けて航行を開始し、約一一ノットの速力で東航し関門航路に向かった(以上の事実は当事者間に争いがない。)。
(2) 本船は、同日午後〇時ころ、福岡県筑前大島沖を航過し、その後北九州市若松区妙見崎沖の丸山山車を航過して続航していたが、午後一時四七分ころ、北九州市小倉北区白州灯台から真方位一四五度五三分、距離二四二〇メートル(北緯三三度五七分四四秒、東経一三〇度四八分三二秒概位)付近海域にさしかかった際、本船船首付近において爆発音とともに四、五メートルのオレンジ色の炎と煙が発生した。右爆発により本船船首部から後方九メートルが損壊し、船体の三分の一が水没して、本船船首部が座洲し、本件事故が発生した(本件事故の発生現場は、北九州市若松区安瀬泊地防波堤から約一海里の地点である。)。
(3) そして、平成三年四月二六日、海上保安庁第七管区海上保安本部若松海上保安部(以下「若松海上保安部」という。)において本船の損傷状況等に関する実況見分をした結果、船首部先端付近がなくなって大きな破口が生じており、また右破口は船首船底から船首楼甲板へ強い圧力で物が突き抜けたように船首部の外板が船尾側に曲折していたことが認められた。
(4) また、本件事故現場付近において、巡視船げんかいの潜水員が潜水調査を実施したことなどの結果、右爆発音とともに炎と煙が発生した海底付近に、直径約七メートル、深さ約一メートルのすり鉢状の凹地(右凹地以外の周辺は平坦な砂地で、他に凹はなかった)及びコイル状の銅線(以下「本件銅線」という。)が入った鉄製筒(最大長が約32.5センチメートル、直径九センチメートル、重さ約5.14キログラム)等が発見された。
(5) 本件銅線について、若松海上保安部の依頼を受けた海上自衛隊下関基地隊が調査した結果、本件銅線は、機雷内部に使用されている受磁線輪の一部に似ているところ、受磁線輪は沈低式磁気機雷に使用されているものであり、しかも右機雷は、第二次世界大戦末期、旧日本軍が保有していなかったものであることから米軍のものと推認されることが判明した。また、若松海上保安部の調査において、揚収物件の一部については硝煙反応が認められた。
(6) ところで、磁気機雷とは、敷設地点の地球磁場を背景として航行船舶の磁気を感知し、船舶と認識したときに発火する起爆機構を有する機雷であって、第二次世界大戦の際、米軍が用いていた磁気機雷は、磁気を感知する手段として、受磁線輪を用いていた。磁気機雷の起爆に至るメカニズムは、受磁線輪が船舶の航行による地球磁場の変化を電力に交換し、これにより発生した僅かな電力を増幅して起爆装置に通電して雷管を発火させ、機雷本体を爆発させるというものであって、そのメカニズムの概念図は、別紙「サーチコイル式磁気機雷の検出回路と発火回路」のとおりである。磁気機雷は雷管の発火にマンガン電池を用い、右電池の自然消耗から磁気機雷の寿命は、当初一、二年と予想されていたが、結果的には十数年まで延伸したものもあると理解されている。
(7) もっとも、磁気機雷は、数年の経年変化により機雷としての感応機能を失っているものと推認され、船体の抵触等海底に残存する機雷缶体に大きな衝撃を与えない限り爆発の危険性はないと理解されていたこと、本件事故発生時点における現場海域の水深は、測量船はやともによる測量結果をもとに潮位等を換算して求めると約7.4メートルであり、本船の事故発生時点における前後部喫水は、本件押航船の乗組員の供述によると、本船に海砂をほぼ満載した場合の喫水は前後部とも約5.1メートルの等喫水であったこと及び海難位置等の報告結果から事故直後の船首部が座洲した状態における船尾喫水は、右舷五メートル、左舷5.05メートルであったこと、海砂を満載した場合における平均喫水を本船の排水量等測表より求めると5.06メートルであったことを総合すると、約5.1メートルであったと考えられることからすると、本船の船底と本件事故現場付近の海底との距離は約2.3メートルであったことになり、本船は十分な水深を保持して航行していたと認められたことから、若松海上保安部においては、機雷の爆発を予想した場合の爆発に至る原因、経過を究明することができず、結果として事故原因を断定するに至らなかった。
(二) 他方、証拠(甲三、八)によれば、本船には海砂が積載されていたほか、船首部倉庫内には、ペイントやシンナー等が置いてあったことは認められるが、本船船首部が大破するような爆発性の物質を積載していたことを窺わしめる証拠はない。
(三) また、証拠(乙一六、証人高橋史克の証言)によれば、昭和二〇年三月から終戦に至るまでの間に、主として米陸軍のB二九戦略爆撃機により日本本土の重要なあらゆる港湾に約一万一〇八〇個とも一万二〇〇〇個ともいわれる機雷が敷設され、本件事故現場を含む本件海域(別紙(一)図面の赤枠で囲まれた海域)においても、およそ四〇〇〇個ないし五〇〇〇個の機雷が敷設されたといわれているところ、米軍が主として敷設したのは沈底式感応機雷であったこと、そして、感応機雷には磁気機雷、音響機雷、水圧機雷のほか、これらの組合わせによる複合機雷が存するが、本件海域においては、磁気機雷、音響機雷のほか、磁気及び水圧の複合機雷が使用されたといわれていること、感応機雷のうち、音響機雷及び水圧機雷は、その機雷としての機能維持のために電力を消耗するため(これに対し、磁気機雷については機能維持のための電力は特に必要とされていない。)、結果として半年ないし一年半で機雷としての機能を喪失してしまうこと、複合機雷については、複合する機能の両方とも感知しないと作動しないため、どちらか一方の機能が死滅すれば、結局機雷としての機能を果さないことの各事実が認められる。
(四) 以上を総合すると、本件事故発生の原因は、本件現場付近に存した、第二次世界大戦末期に米軍が敷設したものと推定される沈底式磁気機雷が爆発した結果によるものと推認するのが相当である。しかしながら、右機雷の爆発を誘発した原因自体を確定するに足りる証拠はない。
三 請求原因3(一)(国賠法一条の責任)について
1 本件事故発生地点を含む海域における掃海の実績等について
昭和三四年二月一九日、防衛庁は本件事故発生時点を含む付近海域の機雷につき「掃海は昭和三三年一一月二五日までに完了した」旨を告示(同庁告示第一八号)したこと、右告示以降、防衛庁・海上自衛隊は掃海作業を行わなかったこと及びしゅんせつ工事船等が機雷の爆発により受ける事故が発生したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に証拠(甲二一、乙一二ないし一六、証人高橋史克の証言)を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件海域は、次のとおり三次にわたって掃海作業が行われた。
(1)第一段階
北九州水道と呼ばれる区域(別紙一添付図面ハ、ニ、ヨ、タ、ハに囲まれた本件海域の一部を含む。)について、昭和二二年一〇月五日までに掃海が完了した。海上保安庁は、昭和二七年六月七日、官報において、右区域の掃海が完了した旨及び右区域に関し、すべての船舶の航行に対して安全である旨告示を行った。
(2) 第二段階
後記相川、監ノ島海底電線敷設海域(a)について、次のとおり掃海が行われたが、機雷処分はなかった。
①掃海場所 別紙一添付図面ロ、ハ、タ、レ、ロ及びニ、ホ、へ、ワ、カ、ヨ、ニにそれぞれ囲まれた本件海域の一部(以下「相川、監ノ島海底電線敷設海域(a)という。)
②実施期間 昭和三三年七月二二日及び同月二三日
③実掃海延面積 75.6平方キロメートル
④使用艦艇等 第一掃海隊群の二一Md、YF二〇五〇、延八隻
⑤使用掃海具 M―MK5(a) 四組
⑥掃海実績 所定の掃面回数に対し、一二〇パーセントの掃海実績を確保した。
(3) 第三段階
後記相川、監ノ島海底電線敷設海域(b)について、次のとおり掃海が行われたが、機雷処分はなかった。
①掃海場所 別紙一添付図面イ、ロ、レ、ソ、イ及び、へ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、ヘにそれぞれ囲まれた本件海域の一部並びに付属海域①及び付属海域②として区分された本件海域の一部(以下「相川、監ノ島海底電線敷設海域(b)」という。)
②実施期間 昭和三三年八月一日から同年九月二六日及び昭和三三年一〇月二七日から同年一一月二五日
なお、右期間中、掃海実施日数は五三日間である。
③実掃海延面積 151.66平方キロメートル
④使用艦艇等 下関基地・第六掃海隊(たかしま、くるしま、よしきり、ちよづる)、延一〇四隻
⑤使用掃海具 五式四型定置一組、浮上式三型一式二組、五式四型改二式二組
⑥掃海実績 所定の掃面回数に対し、一〇一パーセントないし一三六パーセントの掃海実績を確保した。
(二) 防衛庁は、昭和三四年二月一九日、官報において、本件海域の掃海は昭和三三年一一月二五日までに完了した旨告示(防衛庁告示第一八号)した。防衛庁(海上自衛隊)は、右告示以降、掃海作業を行っていない(以上の事実は当事者間に争いがない。)。
(三) 右掃海後の事故発生とその原因等
いわゆる関門海峡は、一日約七〇〇隻の大小様々な船舶が航行する区域であるところ、右海峡において、昭和三二年一一月二日、昭和四〇年八月五日、昭和四五年三月二九日及び同年五月の合計四回の機雷事故が発生しているが、右各事故は、しゅんせつ工事中の事故によるものであった(右機雷事故の発生については当事者間に争いがない。)。また、掃海済みの海域において、船舶の通常の航行中に触雷した事故は今までにはなかった。
(四) なお、掃海作業は、掃海艦艇の作業状況から危険海域内の掃海水路の危険性を判断し、一般船舶の航行の可否を検討し、可能と判断した時点で掃海を終了し、併せて一般船舶に航行の可能時期と条件を告示することとされている。また、当時の掃海効果判定は、米海軍から入手した機雷の調定データ(機雷が航行船舶を認識して発火するための条件)をもとに掃海具または試航船により機雷を爆発させるのに必要な感応効果を与え、それを作図により確認するというものであり、磁気掃海に関しても(第二次世界大戦中に敷設された機雷で、長時間機能し続ける機雷は磁気発火方式のもののみであったため、掃海の努力は主として磁気掃海に向けられていた。)、掃海艇の航跡を計画掃海面図に作図し、その作図の結果から磁気掃海具により機雷が感応発火するのに必要な磁気感応状態を必要な回数与えたことを判断するという方法を採っていた(もっとも、現代においても、日本及び諸外国の掃海における磁気掃海は、掃海艇等が電線を曳航し、磁場を作りだして発火に必要な電流を通電するという方式に変更はなく、変更があった点は、掃海具の取扱が容易になったこと及び使用電流が大きくなり掃海幅が広くなったことである。)。また、掃海具の電流値調定が有効か無効かの判定には過去の掃海実績も参考にして行われた。
2 権限不行使の違法性の有無について
(一) 防衛庁設置法六条八号は、防衛庁が海上における機雷その他の爆発性の危険物の除去及び処理を行う権限を有する旨規定し、これを受けて自衛隊法九九条は、海上自衛隊は、長官の命を受け、海上における機雷その他の爆発性の危険物の除去及びこれらの処理を行うものとすると規定しているところ、原告は、本件において、本件海域には機雷が他にも残存していることが予測され、その危険性も認識されていたのであるから、防衛庁(海上自衛隊)には機雷を除去するための措置を構ずるべき義務(右権限を行使すべき義務)があったにもかかわらず、右義務を怠り、機雷を除去する右権限を行使しなかったことは違法である旨主張するので検討する。
(二) 自衛隊法九九条は、海に敷設された機雷等の爆発性の危険物を除去し処理する能力を現実に有するのは防衛庁(自衛隊)であることから、自衛隊のうち主として海において行動することを任務とする海上自衛隊(自衛隊法三条二項)に対して、海における機雷等の爆発性の危険物を除去し処理する権限を与えたものと解されるが、自衛隊は、「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当る」(自衛隊法三条一項)ことを任務とするものであるから、右権限は、本来「公共の秩序の維持」のために行使されることが予定されているものである。したがって、右規定が海上自衛隊に対して、直接的に特定の個々人の利益を保護するために個々の国民との関係で、機雷等の爆発性の危険物を除去し、処理する作為義務を課していると解することは相当でなく、その不行使が個々の国民に対し直ちに違法となるものではないと解される。しかしながら、機雷の除去及び処理が、人の生命、身体の安全及び船舶という重要な財産に関わる問題であり、しかも、右除去等を行いうる能力を有するのは、現在のわが国においては、防衛庁(自衛隊)をおいて他にはなく、他に適切な救済手続(危険除却手段)がないことに鑑みると、被告において、本件海域において、機雷による事故の発生の具体的危険を現に予見したか、相当の蓋然性をもって予見することが可能であり、しかも、被告において掃海作業を行えば、右危険を除去できる等の事情が存すれば、前記権限の不行使をもって原告に対する関係においても違法と評価されざるを得ないと解される。
(三) しかし、本件事故の原因が第二次世界大戦末期に米軍が敷設した沈底式磁気機雷の爆発によるものと推認されるところ、海上自衛隊は、前記認定のとおり本件事故現場を含む本件海域について、昭和三三年一一月二五日までに三度にわたる掃海作業を行ったこと、しかも、磁気機雷の寿命は結果的に延伸した場合でも十数年の延伸にすぎないと理解されているところ、本件事故の発生当時までに右機雷が本件海域に敷設されたものと推認された時期(第二次世界大戦末期)から既に四〇数年を経過し、前記掃海作業完了後からも三〇年以上経過していることからすると、本件において爆発したものと推認される磁気機雷の本来の発火機構は既に死滅しており、外部から機雷缶体に大きな衝撃を与えない限り爆発の危険性はなかったものと推認するのが合理的であること及び前認定のとおり、いわゆる関門海峡は、現に一日約七〇〇隻の大小様々な船舶が航行する区域であるところ、本件海域において、前記昭和三四年二月九日の防衛庁告示以降、船舶の通常の航行による触雷事故が発生したことを認めるに足りる証拠もないこと(関門港及び関門海峡において発生した機雷爆発の事故が昭和三二年一一月二日、昭和四〇年八月五日、昭和四五年三月二九日及び同年五月に発生したことは、前記のとおりであるが、右発生した機雷事故四件は、しゅんせつ工事中の事故であることからすれば、右工事中に機雷缶体に直接接触したために機雷が爆発したことによって発生した事故と推認されるうえ、右機雷事故が最後に発生した時期から計算したとしても、本件事故の発生は既に二〇年以上経過しており、磁気機雷の発火装置が既に死滅しているものと推認したとしても不合理ということはできない。)からすれば、本件事故発生時、本件海域において、掃海によっても爆発しなかった機雷が残存するため、その残存機雷缶体への衝撃による爆発という意味での危険性が抽象的にあったといいうるにしても、船舶が通常の航行をしている際に残存機雷が爆発することにより、その船舶が爆破される具体的な危険性があったことは認め難いというほかなく、したがって、防衛庁・海上自衛隊において、掃海済みの本件海域について、掃海によっても爆発しない残存機雷が残存していたことにより、本件海域を航行する船舶の安全性を確保されないことが相当の蓋然性をもって予測されうる状況にあったとも認められない。そして、証拠(高橋史克の証言)によれば、自衛隊法九九条の権限につき、掃海業務と爆発物の処理業務とは種別されていることが認められるけれども、右判示のことは、掃海業務のみならず爆発物の処理業務との関係においても妥当するものというべきである。してみると、右のような状況のもとでは、海上自衛隊において、原告に対し機雷の掃海業務としても、爆発性の危険物の除去・処理業務としても、その権限をを行使すべき義務があったと解することはできない。
(四) よって、原告の国賠法一条の主張には理由がない。
四 請求原因3(二)及び(三)(国賠法二条及び三条の責任)について
国賠法二条にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい(最高裁判所昭和五六年一二月一六日民集三五巻一〇号一三九六頁)、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである(最高裁判所昭和五三年七月四日民集三二巻五八〇九頁)。
そして、本件事故発生現場は北九州港湾内に存するところ、被告もまた右港湾の管理者であるか否か、右港湾が公の営造物に該当するかどうかはともかくとして、前記認定のとおり、海上自衛隊は、本件事故現場を含む本件海域について、昭和三三年一一月二五日までに三度にわたる掃海作業を行い、掃海実績も一〇〇パーセントを超えていること(右掃海の実施により、磁気機雷がその本来の機能―船舶の航行による磁気の変化を感応して爆発することはないことの確認がされたと認めることができる。)、しかも第二次世界大戦末期に米軍が敷設した機雷のうち比較的長期間機能し続ける機雷は磁気機雷であるが、右磁気機雷の寿命も結果的に延伸した場合においても十数年の延伸にすぎないと解されていることからすれば、本件海域に敷設されたものと推認されてから既に四〇数年を経過していた本件においては、磁気機雷の本来の発火機構は既に死滅しており、外部から機雷缶体に大きな衝撃を与えない限り爆発の危険性はなかったものと推認するのが合理的であること(証拠(証人高橋史克の証言)によれば、機雷が泥に埋まるなどしている場合でも同様であると推認される。なお、本件爆発の原因が、本船が機雷缶体を打撃したことによるものと認めるに足りないことは前記二の2のとおりである。)、したがって、本件において、本船が通常の航行をしていた場合に、その航行中に磁気機雷により爆破されることは通常予測しうる状況にはなかったこと、しかも、いわゆる関門海峡は、現に一日約七〇〇隻の大小様々な船舶が航行する区域であるところ、右掃海完了後三〇年以上にわたって、本件海域において、船舶の通常の航行による触雷事故が発生したことを認めるに足りる証拠はないことからすれば、本件港湾が、船舶が本件海域を常用航路として利用することとの関連性においても本来通常有すべき安全性を欠いていたとは認め難いというべきである。
そうすると、原告の国賠法二条ないし三条の主張も理由がない。
五 結論
以上によれば、その余の主張を検討するまでもなく原告の主張には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官野々垣隆樹 裁判官深見敏正は転補のため署名、押印できない。裁判長裁判官宗宮英俊)
別紙船舶目録
1 しんとう二号
形式 ガット付プッシャーバージ
船質 鋼船
長さ 七五メートル
幅 一七メートル
総トン数 一四七七トン
2 しんとう一号
総トン数 一三一トン
機関 ディーゼル 一九一二キロワット